逢う魔が時亭SS。
リエトゥスとガロードメインのある日の話。
敬虔な信者がいると信仰関係無性に書きたくなるのはなんでなんですかね…。
「…ガロードは?」
逢う魔が時亭で、朝食を食べているときに、リエトゥスはガロードが見当たらないことに気付いた。
リエトゥスは今の今までトーストを食べていて、もう半分は食べ終えていた。部屋から降りてきて、朝食を頼み、半分食べるまで、ガロードがいないことに気付かなかったのである。
それは、ガロードが普段から無口なこともあるのだが、なんとなく、リエトゥスにとって、ガロードはわざわざ気配を探る存在ではないからだった。
「朝早く出て行きましたよ。ガロさんのことだから、教会だと思いますね」
スープを飲みながらジミィが何でもないことのように言った。
「こんな早くから教会に? 今日は定期集会か何か?」
逢う魔が時亭は、リエトゥスにとって不味い飯を出す宿なのだが、娘さんが外部のパン屋から買ってきたというトーストはなかなかいけた。残りの半分にかぶりつきながら聞くと、ジミィはふとリエトゥスを見て、きょとんとした顔をした。
「いいえ。違うと思いますけど。だって定期の礼拝には、つい一昨日行ったばかりだったと思いますからね」
「じゃあ、何しに教会に行ったの?」
「定期の礼拝じゃなくても祈りたいときくらいあるでしょう」
ジミィは能天気な様子で笑った。まあ、それはそうなのだが。
「ガロさんのことが気になるんですか?」
「いないと気付いたら、気になってきたなあ」
普段は、ガロードの礼拝のことなど興味がないのだが、不意にいなくなるとやはり気になる。
「では、教会に行ってみたらどうですか? …まあ、でも教会にいるとガロさん本人が言ったわけではないので、いないかもしれませんが。いやしかし、ガロさんがわざわざ朝から他の場所に行くとも思えないですけどねえ」
「でも、俺、退屈な説教を聞いたり、黙って神に祈ったりできないよ」
「別に人探しくらい大丈夫ですよ」
特別、ガロードに会ってどうしたいわけでもないが、今日は依頼も無くヒマだったので、リエトゥスは教会に行ってみることにした。残りのトーストを食べ終えて、親父に声をかけると、席を立つ。
「じゃあ行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」
リエトゥスは宿を出た。
雲ひとつない青空が広がっている。まだ時間が早いこともあって、涼しい風が吹いていた。
リエトゥスは行き慣れない聖北教会への道を歩き始めた。
聖北教会は、相変わらず荘厳な佇まいでそこにあった。
ここはリエトゥスには馴染みのない場所だったが、なんとなくいつもと違う雰囲気を感じた。そっと重い扉を開くと、特に集会などは行われていないようで、閑散としている。
色黒で背の高いガロードのことは、遠くから見てもよく分かるのだが、教会の中を見回しても見当たらなかった。
「……」
本当に教会にいないのか。ではどこに行ったのだろうか? ガロードが、他に行くところと言ったら…?
考えてみると、リエトゥスはあまりガロードの休日の様子を知らないのだった。部屋が別のこともあって、ガロードも、どこかへ出かけるときにわざわざパーティに声をかけていったりはしない。というか、パーティ全員、休日には勝手にどこかへ出かけて、勝手に帰ってくるのだった。
これ以上ガロードを探す理由もないのだが、こうなると、彼がいったいどこに行ったのかますます気になった。
ちょうど通りかかった神官に、声をかけてみることにする。
「すいません。人を探しているんですが…背の高い、色黒の。白い短髪をした――」
「ああ、ガロードさんですか」
ひょろっとした神官は、深い笑みを浮かべて、リエトゥスを見下ろした。聖北教会は信者の名前を把握しているのか!
あ、はい。と、間抜けな声を出すリエトゥスに、神官は言った。
「今朝は、我らが友の葬儀がありましてね。ガロードさんも出席されておりましたよ」
「え…?」
リエトゥスは驚いた。ガロードは敬虔な聖北教徒であったが、教会に友人がいるという話は一度も聞いたことがない。
リエトゥスの知らないガロードの友人の葬儀――。リエトゥスは、きっとガロードは落ち込んでいるのだろうと思って、無性に慰めてやりたくなった。
「それで、ガロードが今どこにいるのか分かりますか?」
「最後に見たのは、そうですね、霊園の北側に小高い丘がありますでしょう? あそこは、霊園が見渡せるのですが、その辺りでしたね。移動していなければ、まだそこにいるかもしれませんね」
リエトゥスは、神官にお礼を言って、霊園の北にあるという丘へと向かった。
葬儀はすでに片づけまで終わっていて、霊園にも丘の上にも人影はなかった。ただ、朝の爽やかな風に吹かれて、法衣のフードをたなびかせる、大柄な影以外は。
「ガロード」
丘を登りながら、声をかけると、突っ立って丘から霊園を見下ろしていたガロードが、ごくゆっくりと、静かに振り返った。
ガロードの表情から、悲しみは感じ取れなかった。ガロードは普段からあまり表情を表に出さない性質だったが、リエトゥスはなんとなくがっかりした。落ち込んでいると思い込んでいたので。
「……………………」
ガロードはリエトゥスを無言で見ていた。リエトゥスはガロードへ歩み寄っていって、隣に立った。広大な霊園が見渡せる。
「友達が死んだんだって?」
直球で尋ねる。ガロードは何も言わなかった。リエトゥスはガロードの顔を見つめ返す。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
ガロードは黙って霊園を見下ろした。
「友人じゃねぇ」
「……あれ?」
リエトゥスは素っ頓狂な声を上げた。神官が、「我らが友」とか、言っていた気がするのだが。
「名前は、今日の祈りで知った。話したこともねぇ」
「………………そうなの?」
「ああ」
リエトゥスは少し悩んで、
「…………聖北教徒は、知らない人の葬儀にも出なくちゃならないの?」
「俺の意志で出た」
「………………友達じゃないのに?」
首を傾げるリエトゥスに、ガロードは、しばらく沈黙した。
やがて、普段通りの淡々としたトーンで、
「……俺が礼拝に行くと、必ず居た」
「………………?」
「座っているのは決まって、右列の前から三番目。壁側に、一人だった。誰かと連れ添っているのは見たことがねぇ」
「………………」
リエトゥスは黙って聞いていた。
「熱心に祈っていた。敬虔な男だった――」
ガロードは、霊園を見たまま、それきり黙った。
リエトゥスは不思議な感じがした。ガロードは、単に敬虔な信者だという理由だけで、その男の葬儀に出たのか。
この間、ゴブリンやオークに祈り、盗賊たちの墓を作ったガロードに、ギゼは変な顔をしていた。リエトゥスはギゼの気持ちが少しだけ分かった。聖北教徒って変わってるな、と思った。
いや、いつの時代も、宗教というのはそんなものかもしれない。
リエトゥスだって、神には祈る。
故郷の漁村では、海の神様が祀られている。豊漁の祝祭もする。食前、食後の祈りもする。糧となった海の生物たちの墓もあった。
だが、リエトゥスは、きっと、名前の知らない人間の葬儀には出ない。その魂の安息も、わざわざ祈らない。
何故かと言うと、その他大勢の死なんて、いちいち悲しんでられないから――
リエトゥスははっとした。
「ガロード……悲しかったの?」
「………………………」
「その人が死んでしまって、悲しかったの?」
やっと気付いた。ガロードは確かに落ち込んでいた。
彼はこういう人なのだ。ゴブリンに祈る彼を見て知っているはずだった。彼は神の従僕で、同情心に溢れ、慈愛に満ち、些細な、他人が死んだだけでも、大いに傷つくことを。
鈍感なリエトゥスには分からない機微が、ガロードにはあって、でも彼は決して、それを表には出さない。言葉にもしない。
代わりに祈るのだ。せめて名も知らぬ隣人が安らかに眠れるようにと。
ごーん、ごーん、と教会の鐘が鳴った。ざぁ、と大きく風が吹いて、また、ガロードのフードをはためかせた。
ガロードは少しだけ目を閉じて黙っていて、やがて目を開くと、踵を返した。
リエトゥスは、丘から立ち去るガロードを、無言で追っていった。
リエトゥスは、彼の大きな背中を見やりながら、思う。
ガロードは、そうやって、小さな死にまで目を向けて、これからも傷ついていくのだろうか。
ならばリエトゥスは、ガロードが、黙ったまま、死者に埋もれて、やがて崩れてしまわないように、壊れてしまわないように、そっと支えてやろう。
それがきっと、同じ神に祈らない、ただの隣人を友と呼ばず、些細な死に傷つかない、けれども彼を親友と呼ぶリエトゥスにできる、唯一のことなのだから。
【END】
「深き淵から」で、リエトゥスとガロードを親友にしたらおいしかったので。
親友関係おいしすぎる…
私の中でガロードが繊細なのか図太いのか分からなくなってきました。
「アモーレ・モーテ」のガロードがすごく良かったんですが、繊細とも、図太いとも取れる言動だったのでますますよく分からなくなりました。作ったばかりの無口は何を考えているのかよく分かりません。分かることといえば、ガロードに試練を与えたいこととそれをぶち破ってほしいことくらいです。
リエトゥスは思いのほか人間に対して鈍感というか、「大いなる海の前では人間の悩みなんて些細なことだよ!」みたいなところがあるんだと思います。
でも仲間は慰めたいし頼られたいお年頃なのである。
宗教関係は分からないことばかりなんだけれどつい書いてしまう。
ありがとうございました。